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阿部光平:紆余曲折を経て、日本一周をすることに

幼少期~高校時代 内向的な自分と向き合い、行動した高校時代

中学時代から内向的な性格だった阿部さん。

そんな性格の阿部さんですが、高校一年生の冬には、単身でヒッチハイクに乗り出したそうです。

阿部さんがそのような大胆な行動に移った理由は、兄への憧れでした。

阿部さんは、自分とは正反対の性格をした社交的な兄が羨ましかったそうです。

そして、自分も兄と同じように多くの人とつながりたいという思いがありました。

そんな気持ちを抱える中、阿部さんはある本と出会いました。

それが、沢木耕太郎作『深夜特急』です。

この本は、筆者がインドのデリーからロンドンまでバスで旅をした経験を基に描かれたノンフィクションであり、「旅のバイブル」とも呼ばれています。

『深夜特急』によって掻き立てられた旅に出たいという衝動と、兄のように他人と交流したいという気持ちから、本を読んだ二日後に、阿部さんはヒッチハイクに挑戦しました。

無計画で5000円だけを持って飛び出し、静岡に到着。

しかし、未成年は深夜にネットカフェに入ることができず、翌日泣く泣く新幹線で帰ったそうです。思ったより早い帰宅とはなってしまいましたが、この体験から、周りを気にせず自分のやりたいことをやることの大切さを学んだそうです。ヒッチハイクの成功で自信を得た阿部さんは、1ヶ月後もう一度ヒッチハイクに挑戦し、大阪まで行くことができました。

ヒッチハイクの経験を機に、阿部さんは「意外と何とかなるんだ」という学びを得て、よりアクティブに行動できるようになったといいます。

 

大学の進路選び 『ビジネス』で社会貢献をしたい

阿部さんが進路を考え始めたのは、高校3年生になってからでした。

クリスチャンである阿部さんは、将来を考えたときに、人のために何かをしたい、社会貢献をしたいと漠然と思っていたそうです。その思いは、キリスト教の核となる考え方、隣人愛に由来するものでした。

当時、高校生だった阿部さんは社会貢献やSDGsの本を読む中で、NPOやNGOなどの寄付や補助金で成り立つ社会貢献の方法に疑問を持っていたそうです。

そして、BOPビジネス(Based on pyramid)という所得最下層を対象としたビジネスモデルを知ったことで、寄付とは違った「ビジネス」という切り口で持続的に社会貢献をしたいと思ったそうです。

このような経緯で、阿部さんは、大学では社会貢献の手段としてビジネスを学びたいと考え、商学部を選びました。

高校三年生まで、全く勉強をしてこなかった阿部さんは、成績が悪く、周囲からの反対を多く受けたそうです。

それでも、ヒッチハイクをする中で培われた「意外と何とかなる」精神で努力を重ね、一橋大学商学部に合格を果たしました。

 

大学生活:世界に飛び出し納豆をマーケティング

阿部さんが一橋大学に入学してまず思ったことは、「刺激がない」ということでした。

内向的な性格だったので人とのかかわりは少なかったものの、一橋には意外と面白い人がいないと感じたそうです。

入ったサークルは「Unplugged」。中高時代からギターやピアノ、ドラムをやってきた阿部さんは弾き語りサークルに入りました。

また、サークルの先輩の助言をきっかけに他のことにも挑戦したいと考え、一年生の春には海外で長期インターンすることになりました。

当時、国際協力に興味があった阿部さんは、途上国に行きたいという思いからカンボジアを選んだそうです。

阿部さんが長期インターンで行ったことは、「納豆のマーケティング」でした。

コメの価格が安いことから、糖尿病患者が多いカンボジア。

阿部さんの勤務先の会社は、カンボジア人の食生活を改善しようと、健康商品として納豆を売っていました。しかし、販売戦略などが全く考えられていなかったため、現地の日本人だけが購入するという有様でした。

そこで、当時一年生だった阿部さんは納豆のマーケティングを一任されました。

ターゲットを高所得層に定め、その層が利用するスーパーマーケットで販売を行うなどマーケティング戦略を立てて実行したそうです。

実際にマーケティングをする中で、大学の商学部の勉強を使う機会もありました。

ただ、実践することで、自分に足りない知識や学ぶ必要のあることは何かということに関して学びを得ることの方が多かったそうです。

 

紆余曲折を経て、日本一周をすることに

現在、大学を休学して日本一周の旅に出ている阿部さん。

ビジネスで社会貢献をすることに興味のあった彼が、休学を決意し、日本を一周することになるまでには、様々な気付きがありました。

そもそも休学という選択肢をとったのは、自分のやりたいことの解像度が低かったから。SDGsに関わりた他者の役に立ちたいという想いは高校生の頃からあったものの、具体的に何をやりたいのかが彼の中では定まっていませんでした。そこで、このまま就活をしても満足できる結果にならないのではないかと考え、休学に踏み切ったのだそうです。

ちなみに、この「休学」という選択肢は、彼がとあるメディアを運用する中で得た副産物でした。そのメディアは、様々な人の生き方や人生観をインタビュー記事として発信するものであり、そのメディアの運用をする中で、阿部さんは休学している学生の存在を知ったのだそうです。

休学期間中、阿部さんが最初に挑戦したのは、再生可能エネルギーに関わっている福島の会社での長期インターンでした。しかし、思いもよらないことが起きるのが人生。入社後、その会社が他事業として展開していたワイン製造業を任されることになり、自身のやりたいことができない歯がゆさから、阿部さんは2ヶ月でその会社を辞めたのだそうです。

そこで予想外にも暇になってしまい、思いついたのが、日本を一周することでした。

その決断にかけた想いを、彼はこう語ります。

「日本って日本人にあまり好かれていないんじゃないかと最近思う。でも、日本には素晴らしい歴史や文化があるから、少しでも「日本っていいな」と思ってもらう何かがしたい。そのためにもまずは自分の目で見てもっと日本を理解したいと思う」

「日本一周」と聞くと、一見、突飛な発想であるように感じられますが、背後にはやはり、他者のためになることをしたいという阿部さんの想いがあると分かりました。

現在、阿部さんは東日本を回り終え、これから残りの休学期間で西日本を回るそうです。

ぬるま湯ではない環境を求め続け、いまも原付で日本のどこかを走っているのかもしれません。

 

阿部さんが大切にしていること

最後に、将来どのように生きたいですかと尋ねたところ、非常に納得感のある回答が返ってきました。

「他者のために生きる」

これは、阿部さんが最も大事にしていることなんだそうです。

ビジネスで社会貢献をするために一橋大学に入学し、日本の魅力をより多くの人に感じてもらうために日本一周してみる。これまでの挑戦にも、既にこの精神が根付いていたことから、阿部さんの信念の強さがうかがわれます。将来の仕事にも自己実現は求めておらず、他者のためになることであるかどうかが軸だとお話ししてくださいました。

ただ、ネガティブに考えすぎないことと、周りの意見に左右されず自分のやりたいことをやることも、大切にしているのだそうです。その理由は、いかなる選択も、後から考えれば良い影響を及ぼしているかもしれないから。自分が他者のためになると思って行ったことが、必ずしもその通りの結果になるとは限らず、逆に、自己実現として行ったことでも、他者に良い影響を及ぼすかもしれない。

何事も、想定した通りにはいかない可能性を秘めているからこそ、他者貢献の軸は持ちつつも、自分のやりたいことを追求する、というのが阿部さんの考え方なんだそうです。

進学や就職など、常に先のことを見据え、将来の役に立つかどうかという軸で選択をする学生が多い中、阿部さんの芯の強さから学べることは多いのではないでしょうか。

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松下 倫子

松下 倫子

ライター

社会学部1年。澁澤塾 Kuni-Project所属。中高はのんびり過ごしていたので、大学ではアクティブに動き始める。様々な面白い一橋生に話を聞いてみたいという思いで一橋名鑑に携わる。家にいることが好きで基本インドア。アニメや映画鑑賞、カフェ巡りが趣味。

  1. 阿部光平:紆余曲折を経て、日本一周をすることに

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